Moonlight scenery

       “The snow to be glad about piled up!
 


 欧州という高緯度地域の中では南にあたり、しかも暖流が巡る地中海沿岸は、1年を通じて温暖小雨な気候だと思われがちだが。1年分の雨は冬場に降るし、場合によっちゃあ………。



  「うっひゃあっ!! 雪だっ!!」

 信じらんねぇっと雄叫び上げて、室内履きのまま廊下から意気盛んに中庭へ飛び出してった王子様の歓声に重なって。
「うわ〜〜〜、信じられない。」
 こちら様は明らかに困ったことよと言いたげな、細々した声音で書記官様が呟いた。だって地中海よ? オレンジとオリーブの国よ? 晴れの日の多い、映画のロケ地よ? なのに何で? とばかりの呆然自失の態だったが、
「絶対に降らないって訳じゃあないでしょう。」
 確かに珍しいことですけれどと付け足したのは、傷心のレイディに気を遣ってのことだろが、
「くぉらっ、ルフィっ! ちゃんと上に着て、靴もはけっ!」 
 視線は雪に浮かれた脱走者、別名、彼らが仕える王子様の背中に釘付けとなったまま。風邪引いたらどーすんだと、気持ちの大半はそっちへの心配に奪われ切っておいでな隋臣長殿であるらしく。

 “まあ、見失っても雪が助けてくれますけど。”

 そだねぇ。王子様の方では気がついているんだろうか、その辺り。





          ◇



 久し振りにも程があるぞの、某王国内宮奥向き、翡翠宮の庭園からこんにちは。亜熱帯ほどじゃあないけれど、それでも緑と陽光あふるるという年中常春イメージの強い国。よって、お庭を真っ白に埋め尽くした雪景色へ、あのナミさんが唖然としたのも道理な話で、少なくとも王子様が生まれてからのこの方は、一度も降ったことがない。だっていうのにこの有り様は何ごとか。世界が温暖化対策を真剣に考えんとえらいことになるぞと大騒ぎしてるのに、ウチに限ってなんでまたと。
「とりあえず。市中の、特に住宅密集地への生活パトロールカーをバンバン送り出してます。」
 水道管が凍結してはいないか、防寒具や暖房器具の不足はないか、体調が悪くなった人は速やかに医療機関へ運びなさいと、呼びかける傍ら、係官らが大挙して繰り出しての巡回中。不慣れな事態だけに恐慌状態に陥るかと、内政担当の首脳部は案じもしたが。
「国民たちの反応は、どれもこれも王子と似たり寄ったりだそうで。」
 小中学校での遅刻者が目に見えて多かったらしいが、交通機関の不備や登校中の怪我などが原因じゃあない。
「…雪合戦?」
「ええ。」
 教師層も一緒になっての雪玉当てに夢中になる余り、始業時間にクラスの頭数が揃っていたクラスは数えるほどだったそうであり。明日のR王国を背負って立つ層は、何とも頼もしい子供たちな模様。まま、その辺は織り込み済みだったけどと返したナミさん、
「観光方面へもちょっとばかりは打撃かもねぇ。」
 ここは温暖だから羽伸ばしにと、寒い地域からわざわざバカンス目的でやって来たお客様には、これじゃあ全くもって意味がない。あ〜あだわねぇと溜息をつく佑筆様のお声へは、
「とはいえ、ウチみたいな穴場にわざわざくる段階で、色々とハプニングを面白がるお客層が多いみたいで。」
 金髪の隋臣長様が苦笑をし、
「この国の歴史の中でも滅多にないことへ当たったなんて、これは善いことがある年かもしれないという声が多いそうで。苦情はあんまり聞かれないとか。」
「そりゃあねぇ。ホテルや何やでは、そのサービスを倍増してもいるのだろし。」
 どこぞの星つけて回ってるガイドブックには掠めもしない国だけど。それにしたって…常連になった人たちが、他へと紹介することで来る人が増えての荒らされちゃあイヤだからと。滅多なことでは他へと語らず、必死で口をつぐんでいるがため、いつまで経っても無名なままの国である…とする説もあるほどで。そのくらいに、気候や環境も良けりゃあ、国民のお行儀もサービスもすこぶる良い国。雪が降ったの、思っていたより寒いだの、そのっくらいでは音を上げぬ、豪気なご贔屓さんの方が多い。

 「で? 我らが王子様はどうしたの?」

 それらの諸々、市内の状況や観光方面への対応やら。直接的な対処には、今のところは出番のない立場の、第二王子つきの侍従の皆様方。無邪気な王子も一応、対外的には“観光大使”という外交の顔役だけれども、この状況へいきなり引っ張り出されはしない身で。だからと言って、
「雪じゃ雪じゃと庭を駆け回られてもね。」
 どこぞの国の唱歌じゃあるまいし。そろそろ威厳というか風格というか、おや雪ですね風情のあることと微笑まれ、国民に不都合は出ていませんかと案じるくらいの、

 「大人な態度をとっておいでだって報告を、
  定例の記者会見で、一度でいいからやってみたいわよねぇ。」

 もっとも、そんな楚々としたルフィだなんて、想像するだけでぶっ飛ぶけれど。自分で自分へ突っ込むことも忘れずに、あっさり言ってのけたナミさんへ。やっぱり苦笑が絶えないらしいサンジさん、
「まあま、暖かい飲み物でも淹れますから。」
 子供でも飲めるほど甘いが、体を温めるショウガの風味もひりりと効いた、あめ湯というのが日本にはあるそうで。それをアレンジした、ホットジンジャー・シトラス・スペシャルを作りますねと笑って見せる。雪のせいでの突発的な忙しさはないけれど、決して暇なわけではない王宮執務班は、それでも余裕の空気に浸っており。そんな彼らが補佐する対象、王子様はどうしたかと言えば………。





 彼もまた今日ばかりは、襟回りにボアのついたダウン仕立てのジャケットを羽織っており、ボトムの方も防寒用新素材仕様。こんな突発的な気候のためにと一応は配布されていたというから、庶務関係部署の先見の明か、それともそれほど裕福な国なのか。日頃のシャツにネクタイ・オンリー(屋内標準)という軽装に比べると、かなりの厚着となるはずが。動きに切れがあるせいか、あんまりモコモコしては見えなくて。

  「るーふぃ〜〜〜。ここいらに居んのは判ってんぞ〜。」

 口元へと掌を立ててのお呼び出し。庭園の中をさくさくと進みつつ、よく通るお声がそうと紡げば、

 「え〜〜〜? 足跡残したとっからは うんと離れてるのにか?」

 そんなはずはないという抗弁が、即座という間合いで頭の上から降って来て。まあなんて単純な逃亡者だことと、彼を探していた護衛官殿が何とも渋い苦笑を見せる。もしかして黙ってりゃあ判らなかったってか?
(笑)
「庭師のおっちゃんの脚立を勝手に持ってっただろうが。」
 あんなことをすりゃあ、ああ地上にはいないなと判るというものだと。こっちがヒントにしたことを並べ、
「南洋植物の中には、急に冷えると葉っぱの水気が凍っちまうのもあるからよ。思わぬ雪への手当てが要んのに、そういうことをしやがって。」
 どこへ行ったかと探しておいでだったので、だからあっさりと足がついたんだと言ってやれば、
「きっとナミやサンジは、俺が雪の上へ足跡が残るのまでは気づいてないって思ってるんだろにって思ってたのによ。」
 そっかぁ、そっちから足跡が割れちったかと。四阿
あずまやの屋根の上から、庇に手をかけ、ぶらんと垂れ下がるようにして降りて来たのが、

 「…風邪ひくぞ。」
 「うん。」

 低いお鼻や耳の縁を真っ赤にした、ドングリ眼(まなこ)の王子様。この何日か冷え込んだからと、一応は長袖を重ね着していたが、それもせいぜいが室内用。時折吹きつける海風も冷たい中、やっと降りて来た腕白な王子様へ、
「ほれ。」
 ゾロが差し出したのは、内側にラビットだろうか毛足の短い毛皮の張られたロングコートで。
「こんなのよくあったな。」
「何年か前に北欧の姉妹都市へ、外遊で行っただろうが。」
 そのときに友好の印にと戴いたものだそうで。もらった本人が忘れ切ってたほど、需要がなかった訳やね。
(苦笑)

 “つか、育ち盛りのはずが、何でまた全然つんつるてんになっとらんのだ。”

 そっちがより不思議か、護衛官。さすがは、日々 王子の成長を見守る立場にいるお人だねぇvv
「わっわっ、おんもしれぇvv」
 袖は通したがボタン代わりのダッフルは留めず、雪の中をパタパタ走ってはマントみたいに長い裾がひるがえるのを面白がってる王子様。伸びやかな御々脚が軽快に動くところを見ると、頬やお耳の見た目の赤さほど、寒さに凍ってはないらしいものの、
「ほれ。とっとと回収されろ。」
「あやや。///////
 ふっわふわのコートごと、小柄な王子をひょいと小脇に抱え上げ、身柄確保終了と携帯で本部へ知らせてから。雪化粧の中、母屋までを戻るゾロであり。

  ―― なあなあ、ゾロ。
      なんだ。
      寒い国は雪で大変だってゆうけどさ。
      ああ。
      俺は雪って何か好きだなぁ。

 外へも出られなくなるとか、暖房ガンガン焚かねぇと命にだってかかわるとか。冗談抜きに大変だって話は知ってるけどな、

 「寒いんだからサ、こやってギュウって くっついてても良いじゃんか。」

 暑い中だと“ちょっとな〜”ってなるけどさ。寒いんだもの、くっついてたって構わねぇじゃんか…と。寒いというお題目がなけりゃあ、そんな振る舞いはちょっと出来ないようなお言いようをする彼であり。そんな機微へと気がつけた、そんなところは即妙と言っちゃあ即妙になったと言えるのかもしれないが。

 「ほほぉ。
  じゃあ夏の暑い盛りなんぞは、鬱陶しいからくっつくなってことなんだな?」
 「………え?」

 こんな風にして、鬼ごっこの末とか脱走劇の末にお前を見つけたとしても。暑っついから触んじゃねぇと言いたい訳か。いきなりの二択極論を持ち出され、

 ―― あっあっ、そんなことないないっ!
     だって言ったじゃねぇか。ちょっとな〜ってなるんだろうが。
     違うってぇ〜〜〜っ。////////

 じたじた腕を振り回してまでという抗弁へ。判ったから大人しくせんかと、取り落としたら一大事な宝物、ひょいと揺すって持ち上げ直して。

  “…けどなぁ。やっぱ寒いのは面白くねぇよな。”

 過保護な周囲からあれもこれもとあてがわれ、着膨れさせられてしまってはなと。こやって抱えていても…健やかにしなう肢体の感触が、こちらへ全然伝わって来ないのが少々詰まらないらしい、しっかりご不満気味の特別護衛官様だったりし。目に見えての大人びて来たり、はたまた“きゅぷりん♪”と萌え可愛らしかったりしなくとも。元気溌剌な腕白さんは腕白さんなり、味わいどころがちゃんとあるんだねぇvv ご心配なさらずとも、頭上へと広がっているのはラベンダー色の青い空であり、明日にも元の気候へ戻るのだそうですし。せっかくだから、寒い中ならではの いちゃいちゃでも、堪能してはいかがでしょうか? 早く春になったらいいですねと、急な雪に縮こまってたオレンジの枝がふるふると、震えながらも手を振っていたそうでございます。






  〜Fine〜  08.1.27.


  *選りにも選って“本誌”でのゾロル展開に、大きにどよめいた1週間でしたね。
   ゾロル最大手は他ならぬ尾田センセイだという話は前々からありましたが、
   ああう、このエピがアニメになるのは一体いつの日の話なんでしょか。
   アラバスタでゾロが鋼を斬ることへと開眼した折も、
   結構耐えたものの結局は、とうとう辛抱が利かなくてコミックス買ったしなぁ。
   お陰様で、全然の全くお話が浮かばず、困った1週間でもございました。
   その挙句がこんな代物で、ホンマにすいませんですう。
(苦笑)
  

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